空樽音(からだるおん)


 西の彼方に沈んだ太陽を追いかけるかのように、電車は進んでいた。
 その電車の中には、疲れ果てた様子の高校生が二人いた。全体重を預けるように、電車のドアにもたれかかっている。大介と涼太。高二の二人はバスケ部のレギュラーで、今はその帰り道だった。

「あー、疲れた」
「大会が近いからって、マジで厳しいよな」

 大介が気だるげ言うと、涼太もまた気だるげに返す。
 ちらりと、大介は視線を涼太から移動させる。二人の反対側のドア付近には、盲目の人が持つ杖を持ったおばあさんがいた。
 ふと大介は、そのおばあさんの上、電車に搭載されているテレビのニュースに目が行った。

「おい、あれを見ろよ」

 大介に促され、涼太がそのニュースを見やると、そこにはでかでかとした『違法取引』という文字が映し出されていた。
 その後、謝罪会見の様子が映し出される。多くの報道陣と、無数のフラッシュを浴びせられた社長が、大量の脂汗を垂れ流している様子が良く分かる。

「あの社長とこの会社って確か、つい最近どこかに募金してなかったっけ」
「ああ、カンボジアにな。学校作るとかなんとか」

 大介が確かめるように尋ねると、すかさず涼太は頷き返す。

「そうそう、それそれ。家でも募金するとか話になってな。結局しなかったけど」
「うえ、マジか」

 涼太は心底嫌そうな顔で、大介を見やる。大介も負けないくらい嫌そうな顔で「マジで」と言い返す。

「オレ、募金とか嫌いなんだよな」
「俺も」

 テレビの向こうでは、油汗まみれの社長が、報道陣の前で頭を下げているところだった。大量のフラッシュがたかれ、禿げた頭はフラッシュの所為でねっとりと輝いていた。

「こういう奴がまさに偽善者だよな」
「ほんとほんと。募金とかして、ただ自分たちは偉いってことを証明したかっただけじゃね?」

 心底毛嫌いするように二人は言い合う。テレビのニュースにはもはやなんの興味もなかった。
 それから間もなくして、二人が降りる駅へ到着するというアナウンスが聞こえてきた。二人は、足元に無造作に置いてあったエナメルを掴むと、それを肩に掛ける。やがてホームに到着し、大介たちの反対側のドアが開く。盲目のおばあさんが、コツコツコツと杖でアスファルトを叩きながらホームに降り立ち、歩き始める。二人は、おばあさんに続くようにホームへと降り立ち、歩き始めた。

「そう言えばさ、隣のクラスに鈴木っていんじゃん?」

 涼太は足取り重く歩きながら、紛らすように大介に話題を振る。

「可愛いって結構噂になってる奴? オレも実際見たけど、中々可愛かったぞ」
「そう、その鈴木」

 二人は階段の手すりに掴まりながら、腕力で引き上げるかのように重い足を進めて階段を上って行く。辺りはもう真っ暗だった。駅に付けられている、蛍光灯の目に悪い光だけが、青白く灯っている。
 結局、人気の少ない田舎の駅に降りたのは、盲目のおばさんと大介たち三人だけだったようだ。二人の耳に聞こえるは、二人の引きずるような足跡と、コツコツという一定の音だけだった。
 そのうち、二人はおばあさんを追い越した。

「その鈴木がどうしたんだ?」

 大介は隣の涼太へ顔を向け訪ねる。

「アイツ、募金をしょっちゅうしてるんだってさ。しかも目に入ったらところ構わず」
「はあ!?」

 大介は素っ頓狂な声を上げる。

「極めつけはあれだぜ、『少しでも困っている人の手伝いができるなら』だってさ」
「ただの偽善者じゃん」
「そう、それ。それ聞いて俺も正直ないわーって思ってさ」
「確かに」

 改札口に切符を入れ、駅から二人は出る。そのまま、自転車置き場の方向へ。青白い蛍光灯の光に慣れた目には、小道がより一層暗く、不安すら覚えるほどいつもよりもなお暗く見えた。しかし、もはや見慣れ過ぎた光景は、注意をするまでもない。無意識に小道を踏みしめていく。その後から、一定のコツコツという音がかなり後ろから響いてきた。どうやらあのおばあさんもこの道を通っているらしい。

「しかも俺、実際にその現場を見ちまってさ。うわー、マジかよーって」

 涼太はその時のことを思い出して、思いっきり顔をしかめると、言葉を地面に叩きつけた。大介はその様子を想像して、そっと苦い吐息を吐き出す。
 気分を変えたくて、大介は空を仰ぎ見てみる。今夜は星が闇に飲み込まれたように、何も見えなかった。今夜は曇りらしい。通りでいつも以上に暗く感じるわけだと、大介は納得する。

「オレ、正直幻滅したわ」

 空から視線を前方に戻し、今度は大介がそれを思いっきり地面に叩きつけた。

「偽善者の彼女とかマジでないよな」
「まだ時々なら許せるんだがな。しょっちゅうとなるとちょっとっていう感じ」

 涼太は未だ渋い顔で大介の言葉に頷く。涼太が口を開く。

「そもそも偽善やってる奴らって、ほんとどんな神経してるんだろうな?」
「見返りが欲しいだけなんだろうよ。『ホラ、私すごいでしょ?』みたいな」

 心底うんざりしたように大介はため息をつく。偽善者。実に胸糞悪い連中だ。
 一瞬目を離したからなのだろうか。あるいは、いつも以上に暗かった所為かも知れない。大介は、道端に放置された自転車を思いっきりぶつかってしまったのだ。
 自転車が倒れ、がしゃんという耳障りな音が響く。それに躓き、倒れそうになったところを大介は涼太に腕を掴まれた。

「誰だよ、こんなとこに置いた奴は」

 足の痛みを堪えつつ、大介は悪態づく。

「くそったれ」

 大介は自転車を蹴りつけ、涼太に先を促した。

「直していかないのか?」
「知るか」

 吐き捨てるように大介は言うと、さっさと歩き始めてしまった。仕方なく、涼太は後を追った。
 歩きだしてしばらくすると、二人の背後から短い悲鳴が聞こえてきた。振り返ると、あのおばあさんが大介の倒した自転車に躓き、倒れてしまっていたようだ。
 がりがりと大介は頭を掻き毟る。

「うぜえ」

 それだけ吐き捨てると、大介は涼太と連れだってそこをあとにした。
 一度として、振り返りはしなかった。
 


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