まほうつかい
「ねねっ、聞いてよ慧斗(けいと)くん。わたし、実は『まほうつかい』だったんだよ!」
夏真っ盛りな正午過ぎ。
音無真帆(おとなしいまほ)が、幼なじみであるところの俺、杉原慧斗(すぎはらけいと)に対して放った言葉は、そんなメルヘンチックな戯言だった。
この夏の暑さにでもやられたのかね、こいつは。
顔もほのかに赤いし。大丈夫か?
ちなみに現在の居場所は、とある公園のベンチ。
そしてさらにちなみに、今日は俺の誕生日でもある。
うむ、木の葉から覗く太陽がまぶしいね。
「へえ、すごいね」
お前の頭のイカレ具合が。
さて、と。
「とりあえず、なんか買って来るよ。何が良い?」
「コルピス!」
「はいはい、了解了解」
まったく、元気のいい返事だこと。
とりあえず買って来てやる。
「ほれ」
「わーい、ありがとぉ!」
真帆はさっそくふたを開けて、その艶やかな口を付ける。
「コク、コク、コク」
小さなノドが、やっぱり小さく上下に動く。
「ぷはーっ! やっぱり夏はコルピスだねっ!」
「そうだね」
「自分はコーロ買ってきたくせに何を言うておるか!」
「お前が何を言ってるんだ」
「妾(わらわ)は姫であるぞ! 無礼は許さぬ!」
「じゃあ、俺は殿さまだな。残念ながら、俺の方がエライ」
「うわぁ、差別だ差別だー」
「特別の間違いだろ? 真帆が姫であることを否定しなかったんだから」
「それとこれとは話が違うの!」
「どう違うんだか」
そう言いつコーロのふたを開ける。
小気味の良い音ともにふたが開き、清涼の詰まった泡が弾け飛ぶ。
それを一気にノドへ押しやる。途端に身体中が清涼で包まれた気がした。
まあ、ここまでは俺の誕生日に手ぶらできた真帆に対する意地悪みたいなもん。
俺もまだまだガキだな。
「でさ、慧斗くん」
「うん?」
コーロを呑みつつ先を促す。
「わたしは実は『まほうつかい』だったの!」
ふむ。
こりない奴だ。
コーロを口から外し、ふたをしっかり閉める。
「もう一本コルピス買ってきてあげようか?」
「もーっ、ちゃんと聞いてよ!」
真帆が口を尖らせる。
ふむ。
今のは聞き方が悪かったのかも知れない。
俺だって、真帆が何を言いたいのかぐらいのサインは分かる。
「悪かったって」
そう言うと、真帆は満足そうにうなずいた。
「分かってくれたらそれでいいんだよ。もう、慧斗くんはおバカさんなんだから」
お前にだけは言われたくない。
「じゃあ、言いなおすよ」
「ん?」
不思議そうに首を傾げる真帆。
「『真帆、鬱かい?』」
「違うもんっ!」
「俺はいつだって相談に乗ってやるぞ」
「うがーっ!!」
真帆ががなった。
まあ、当然と言えば当然か。
それにしても、からかい甲斐がある奴だ。
これだから毎日一緒にいても飽きない。
俺は心の中でほくそ笑むと、真帆に尋ねる。
十分にいじめて、胸のもやもやもだいぶ収まった。
「んで、お前がなんだって?」
「『まほうつかい』! 杖をふって、悪い奴らをバーンとやっつけたり、カードをキャプチャーしたりする存在なの!」
「へぇ、お前は次元を超えたんだな」
この次元はどうとらえてらっても可、だ。
たぶん、全部に当てはまる。
まあ、二つ目が『まほうつかい』なのか、俺には判断しかねるのが。
「そうなんだよ! もうわたしは次元を超えた存在なんだよ!」
顔は相変わらず赤い。いっそう熱にやられているらしい。
「でも、わたしはひとつしか魔法を使えないの!」
「へえ、そいつは残念だな。色々見せてもらうと思ったのに」
言いつつ、俺の中ではすでにオチが分かっていた。
というのも、往々にしてこういった場合、プレゼントか何かを俺にくれるのだろう。
真帆は、自分が恥ずかしいことを、他のことで例えるくせがある。
まあ、大抵の場合、その例えがさらに恥ずかしかったりするのだが。
まあ、男としては黙って受け取ってやるべきだろう。
手ぶらと見せかけて、ちゃんと持ってきていたらしい。まったく、可愛い奴だ。
「それは一体、どういった魔法なんだい?」
「ふふーん、それはねっ」
ビシッと俺を指さす。
「特定の人を幸せにする魔法なの!」
興奮しているのか、真帆は頬まで上気していた。
まあ、ほら、思った通りの展開なわけで。
これで真帆が朝から、なんとなくそわそわしていた理由がわかったわけだ。
最初は俺の誕生日プレゼントを用意してないからだと思ったけど。
もちろん、俺としてもまんざらではない。
だから、最後までこの寸劇に付き合ってやろうと思う。
さて、どんなプレゼントなんだろう?
「へえ、それはある意味すごいじゃないか。誰も傷つけない、平和で偉大な魔法だ」
「でしょー?」
ふふーん、と真帆は胸を張った。
なんちゃらはステータスと言うことで。
「それで、俺としてはその『特定の誰か』というのが非常に気になる訳なのだが」
「さあーてね。意地悪な慧斗くんには教えてあーげない」
真帆はぷいっとそっぽを向きながら、それでもイタズラな笑みを浮かべていた。
「それは誠に残念だ」
とりあえず、大げさに肩を落とす演技。
そんな俺を満足そうに真帆は見ていた。
「しょうがないなー」
と、真帆も大げさに肩を落とす。
「幼なじみのよしみで、ちょっとだけ見せてあげる」
「マジか。それは嬉しいな」
「うん」
太陽のような笑みだ。顔が赤らんでいるところとか、まさに太陽。俺には眩しすぎる。
「じゃあ、ちょっとだけ目をつむってて」
「見せてくれないのか?」
「企業秘密なのです。お約束なのです」
「へいへい、そうですかー」
と言って、俺は目を瞑る。
その瞬間、頬に柔らかい感触が舞い降りてきた。
それは一瞬のことだったと言えば、そうなのだろう。
でも、俺にとっては一生だったかもしれない。
俺は驚きで声も出ない状態で真帆の方を見やった。
真帆は今や、太陽よりも真っ赤だった。
たぶん、俺も今はそうなのだろう。
「えへへ、どうかな? 少しは幸せになれたかな?」
はにかみながら真帆は言う。
俺はただ情けなく首を縦に振るしかなかった。
それが真帆と付き合いだして一ヶ月目の、そして最初の誕生日プレゼントだった。
「……やられたよ」
俺はぼそりと呟いた。
どうやら俺はすでに、完全に熱で参ってしまっていたらしい。